人事から「AIのルール、来週の朝礼で配りたいので1枚にまとめて」と言われました。手元には20ページの規程案があります。これを配っても誰も読まないことは、自分がいちばんよく分かっています。
配る紙に要るのは網羅性ではありません。読んだ人がその場で行動を変えられる分量です。
以下、9行のA4一枚をそのまま載せます。配ったあとに必ず出る質問7つと、その場で言える回答の実文も付けました。
配れるA4一枚(全文)
社名と担当者名だけ入れ替えれば、そのまま使えます。3つの見出しに3行ずつ、合計9行にしてあります。増やすと読まれません。
生成AIを仕事で使うときのルール(2026年◯月◯日から)
やらないこと
1. お客様や取引先から預かった情報を貼らない(名簿、見積書、図面、契約書、メール本文)
2. 社員の評価・給与・健康に関することを貼らない
3. 個人で契約したアカウントで仕事をしない
やること
4. AIが書いた文章は、数字と固有名詞を自分で確かめてから使う
5. 社外に出す文章にAIを使ったときは、公開前にもう一人に見てもらう
6. 貼ってしまったと気づいたら、その日のうちに◯◯へ言う(申し出た人を責めません)
困ったとき
7. 使ってよいツールの一覧:社内ポータル「AI」のページ
8. 一覧に無いツールを使いたい:◯◯へ申請(5営業日で返事します)
9. 判断に迷う:◯◯(内線◯◯)へ。分からなくて聞くのは違反ではありません
9行のうち効くのは6番と9番です。この2行が抜けている紙は、配った直後こそ守られているように見えても、実際に何かを貼ってしまった人がそれを言い出せる場所を持たないため、事故が起きた事実そのものが会社に届かないまま数ヶ月が過ぎます。
配る前に埋めるのは3か所だけです。◯◯に入る担当者名、ツール一覧の置き場所、施行日。この3つが埋まれば配れます。
配った翌日から来る質問7つと、そのまま言える回答
朝礼で配ると、その日のうちに質問が来ます。回答を先に決めておかないと、人によって答えが変わり、ルールが1週間で崩れます。以下はそのまま口に出せる形で書いています。
| 質問 | そのまま言える回答 |
|---|---|
| 「無料版と有料版で何が違うんですか」 | 「入力した内容が学習に使われるかどうかが違います。無料版は使われる前提で考えてください。会社が契約したアカウントは、使われない設定になっているものを選んでいます」 |
| 「翻訳ツールもAIですよね。使ってはいけないんですか」 | 「一覧に載っているものは使ってかまいません。載っていないものは、無料か有料かにかかわらず、いったん◯◯に聞いてください。翻訳ツールも入力内容がサーバーに送られる点は同じです」 |
| 「社名や商品名を入れるのもダメですか」 | 「公表済みのものなら問題ありません。未発表の商品名、まだ出していない価格、契約前の取引先名は避けてください」 |
| 「議事録を貼って要約させるのはダメですか」 | 「会社が契約したアカウントなら大丈夫です。ただし、お客様の社名や担当者名が入っている議事録は、その部分を消してから貼ってください」 |
| 「自分のスマホで使うのもダメなんですか」 | 「会社の仕事に使うなら同じルールです。端末が私物かどうかではなく、仕事の情報を扱うかどうかで決まります」 |
| 「これって会社に見えているんですか」 | 「会社が契約したアカウントの利用状況は見えます。個人のアカウントや私物回線で使った分は見えません。だからこそ6番をお願いしています」 |
| 「一覧に無いツールが今日から必要です。いつまで待てばいいですか」 | 「◯◯に申請してください。5営業日で可否を返します。急ぎなら、その旨を書いてもらえれば先に見ます」 |
7つの回答に共通しているのは、禁止の理由を「危ないから」ではなく「入力した情報がどこへ行き、誰が読める状態になるか」で説明していることです。理由が経路の説明になっていれば、想定していなかった新しいツールについて聞かれたときも、同じ物差しで答えを出せます。
「危ないから」で通すと、2問目で詰まります。
朝礼で読み上げる2分の台詞
紙を配るだけだと、机に置かれて終わります。2分でいいので、渡すときに声で説明してください。以下はそのまま読める長さにしてあります。
今日から生成AIの使い方についてルールを1枚にまとめました。9行しかありません。
趣旨は3つです。ひとつ、お客様から預かった情報と、社員に関する情報は貼らないこと。ふたつ、AIが書いたものは自分で確かめてから使うこと。みっつ、貼ってしまったと気づいたら、その日のうちに私に言ってください。
3つめについて、ひとつだけお願いがあります。申し出た人を責めません。 責めると、次から誰も言わなくなります。困るのは、起きたことより、起きたのに知らないことです。
使ってよいツールは社内ポータルに一覧があります。載っていないものを使いたいときは、私に言ってください。5営業日で返事をします。一覧が足りていなければ足します。
分からないことを聞くのは違反ではありません。むしろ助かります。以上です。
言い方で気をつけるのは1か所です。「禁止」という語を先に出さないこと。冒頭に置くと、そのあとに続く説明が、たとえ手助けの話であっても全部が禁止事項として耳に入ります。
別紙:使ってよいツールの一覧はこう埋める
A4一枚の7番で参照している一覧です。これが無いまま紙を配ると、翌日から質問が全部あなたに集まります。
一覧に載せるかどうかは4点で判断します。個人情報保護委員会は2023年6月2日の注意喚起で、個人データを含むプロンプトを入力する場合には、提供事業者がそのデータを機械学習に利用しないこと等を十分に確認するよう求めています。1つめの列はこの要求に対応しています。
| 用途 | サービス名 | 学習に使われるか | データの保存国 | 利用の記録 | 判定 |
|---|---|---|---|---|---|
| 議事録の要約(社内会議) | (記入) | 契約で除外(要確認) | (記入) | 管理画面で利用者と日時を取得可 | 可 |
| 議事録の要約(顧客が同席する会議) | (記入) | 契約で除外(要確認) | (記入) | 同上 | 顧客名を消せば可 |
| 文章の下書きと要約 | (記入) | 契約で除外(要確認) | (記入) | 同上 | 可 |
| 画像生成 | (記入) | 未確認 | (記入) | 記録なし | 保留 |
| 翻訳 | (記入) | 未確認 | (記入) | 記録なし | 保留 |
最初から全部を埋める必要はありません。判断がついた3行だけを載せて配るほうが、完璧な一覧を待って半年配らないより機能します。保留のものは保留と書いて出してください。空欄より正直です。
判定が「保留」のまま3ヶ月経つツールがあれば、そこは現場が困っている場所です。翻訳と画像生成は特にそうなりやすく、放っておくと個人アカウントで使われ続けます。
A4一枚と規程は、配る相手も時期も違う
1枚にまとめる作業は、規程を作らなくてよくなる作業ではありません。役割が別です。
| 観点 | A4一枚(今回のサンプル) | AI利用規程 |
|---|---|---|
| 目的 | 明日から行動を変えてもらう | 違反時の処分の根拠にする |
| 配る相手 | 全従業員 | 管理職と、就業規則を扱う部門 |
| 分量 | 9行 | 10条から12条 |
| 就業規則との関係 | 接続しない | 付属文書として接続する |
| 作るのにかかる時間 | 半日から1日 | 社内の時間だけで100時間前後 |
| 作る順番 | 先 | A4一枚を配ってから半年以内 |
順番としては、A4一枚を先に配り、半年以内に規程を整えるのが現実的です。逆にすると、規程が完成するまでの数ヶ月間、現場は何の指針も無いまま使い続けることになります。条文の全文と作り方はAI利用規程の作り方:そのまま使える全12条と、決める順番にまとめました。
配ったあとに必ず起きること
紙を配ると、しばらく質問が増えます。増えているうちは機能しています。まずいのは、質問がぱたりと止まったのに、現場での使われ方だけは以前と変わっていないときです。
止まる理由は2つです。
1つは、聞いても返事が来なかった経験が広がったとき。8番の5営業日を守れているか確認してください。もう1つは、一覧のツールが現場の仕事に足りていないときです。議事録の要約に使えるものが無ければ、現場は今までどおり個人のアカウントを使います。
配って1ヶ月たったら、部門ごとに1人ずつ「実際に何を使っているか」を聞いてください。5分で足ります。紙に書いたことと、机の上で実際に起きていることの差分が、そのまま次に直すべき場所になります。
よくある質問(FAQ)
A4一枚のルールに、罰則を書く必要はありますか?
書かないほうが機能します。罰則の根拠は就業規則と規程の側に置き、配る紙は行動だけを書きます。罰則を1枚に載せると、読んだ人が最初に受け取るメッセージが「使うと怒られる」になり、申告も相談も減ります。処分の可能性を伝える必要がある場合は、朝礼で口頭で触れるにとどめ、紙には残さない形をとります。
サンプルの9行は、業種によって変えたほうがよいですか?
1番の「お客様や取引先から預かった情報」の中身を、自社の言葉に置き換えてください。製造業なら図面と仕様書、士業なら委任状と申告書類、医療や介護なら患者・利用者に関する記録が入ります。ここが自社の実物の名前で書かれていないと、読んだ人が自分の手元の書類と結びつけられません。他の8行は業種を問わずそのまま使えます。
使ってよいツールの一覧は、どうやって作ればよいですか?
まず、現在使われているものを調べるところから始めます。経費精算の履歴とブラウザの拡張機能、それに部門ごとの聞き取りを合わせると、だいたいの姿が見えます。そのうえで各サービスについて、入力内容が学習に使われるか、データがどの国に保存されるか、法人向けの契約が結べるか、誰がいつ使ったかの記録が残るかの4点を確認します。この4点で判断できるものから一覧に載せ、判断がつかないものは保留にしてください。空欄のまま配るより、3つだけ載せて配るほうが機能します。
施行日はいつに設定するのがよいですか?
配った日から2週間後を目安にします。当日施行にすると、すでに個人アカウントで進めている作業を止めることになり、現場の反発を招きます。2週間あれば、会社契約のアカウントへの移行と、一覧に無いツールの申請が一巡します。そのあいだに来た質問を回答に反映してから施行すると、施行後の問い合わせが目に見えて減ります。
出典
- 個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」(令和5年6月2日)(2026-09-09 参照:個人データを含むプロンプトを入力する場合、提供事業者が当該データを機械学習に利用しないこと等を十分に確認するよう求めている点。一覧の判定基準の根拠)
- 同上・別添1(PDF)(2026-09-09 参照:原文の文言)
- 総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.1版)」(2026-09-09 参照:第5部 U-4「個人情報の不適切入力及びプライバシー侵害への対策」、U-5「セキュリティ対策の実施」)
配った紙が守られているかどうかは、紙の側からは見えません。実際に何が使われているかを先に知りたい場合の調べ方はシャドーAIとは:社員が無断で使う生成AIのリスクと、中小企業の管理の始め方に書いています。自社の一覧づくりでつまずいたら、初回相談(30分・無料)で壁打ちにお使いください。