~「データはあるから、あとは分析するだけ」という経営層の大きな誤解~
はじめに:年収1,500万円のエースが、なぜ試用期間で去るのか
DX推進の切り札として、年収1,500万円の好条件で迎え入れた優秀なデータサイエンティスト(DS)。 しかし採用からわずか3ヶ月後、試用期間の終了を待たずに退職届が提出される——。
いま、多くの企業でこのような光景が繰り返されています。人事担当者は頭を抱えます。「条件は良かったはずだ。人間関係のトラブルも聞いていない。なぜ?」
彼らが建前で語る「他にやりたいことができた」という言葉の裏にある本音。それは、「この会社では、自分の専門性(スキル)が全く活かせない」という深い絶望です。
彼らが辞める理由は、給与でも人間関係でもありません。入社前に期待していた「高度な分析業務」と、入社後に待っていた「泥臭い雑務」との絶望的なギャップにあります。
本稿では、DSの早期離職を招く「組織の構造的欠陥」と、それを解決するための正しい順序について解説します。
1. DSの絶望的な日常:「分析」のはずが、来る日も来る日も「ゴミ拾い」
彼らの絶望を理解するために、少し比喩を使わせてください。
あなたは、最高級のフランス料理を作るために、ミシュランの星付きレストランから腕利きの「シェフ」を引き抜いてきました。 しかし、そのシェフがいざ厨房に入ってみると、そこには調理器具はおろか、水道もガスも通っていません。食材置き場には、泥だらけの野菜や、賞味期限の切れた肉が無造作に積み上げられています。
そしてオーナーであるあなたは、シェフにこう命じるのです。 「まずは裏山の開墾と、井戸掘りから始めてくれ。料理はその後だ」

これこそが、多くの企業でDSが直面している現実です。彼らは「高度なモデリング」や「機械学習の実装」を期待して入社したのに、実際の業務時間の8割を以下のような「整地」作業に費やしています。
- データのゴミ拾い: 「このカラムに入っている異常値(’9999’など)は何の意味ですか?」と、各部署の担当者にチャットで聞いて回る。
- 手作業でのデータ結合: 分析用データマートを作るために、ファイルサーバーに散在する数十個のCSVファイルやExcel方眼紙を、Pythonスクリプトを駆使して無理やり結合する。
- 環境構築の壁: 分析に必要なPythonライブラリを一つインストールするだけで、情シス部門への申請書作成と承認待ちに1週間かかる。
「私はデータサイエンティストとして雇われたはずなのに、毎日何をやっているんだろう……」 そう感じるのも無理はありません。
2. なぜ「整地」が彼らの仕事になるのか?(構造的欠陥)

なぜ、このような悲劇が起こるのでしょうか。根本原因は、大きく分けて3つあります。
原因①:経営層の「データはある」という誤解
最大の原因は、経営層や非専門のマネージャーが抱く「うちはデータがたくさん溜まっているから、あとは分析する人材さえいればいい」という大きな誤解です。
断言します。「システムに溜まっているログデータ」と「分析に使えるデータ」は、天と地ほど違います。前者を後者に変換するには、膨大な手間と専門技術が必要です。この認識のズレが、全てのボタンの掛け違いの始まりです。
原因②:データエンジニア(DE)の不在
データを収集・加工し、分析可能な状態に整えるのは、「データエンジニアリング」という高度な専門領域です。 しかし、多くの企業では「データエンジニア(DE)」という職種が存在せず、その役割を誰も担っていません。結果として、データを使う側のDSに全てのしわ寄せがいってしまうのです。
原因③:役割定義(ジョブディスクリプション)の曖昧さ
採用時に「データに関することなら何でも屋」として曖昧に定義してしまっていることも問題です。明確な役割分担がないため、「気づいた人(=DS)がやるしかない」状況に陥ります。
3. 【解決策①】「餅は餅屋」の分業体制を作る

この問題を解決するには、データ活用のプロセスを明確な分業体制を敷く必要があります。
- データエンジニア(DE)=生産者&下ごしらえ担当: 新鮮な食材(データ)を安定的に供給し、シェフがすぐに使えるように洗ってカット(加工・整備)する役割。
- データサイエンティスト(DS)=シェフ: 下ごしらえされた食材を使い、高度な技術と経験で最高の料理(インサイトや予測モデル)を作る役割。
- データアナリスト(DA)=ホールスタッフ: 顧客(ビジネス部門)の要望を聞き取り、適切な料理(レポートやダッシュボード)を提供する役割。
「シェフ」に畑の開墾をさせてはいけません。年収1,500万円のDSに泥臭いデータ整備をさせるのは、経営資源の配分として極めて非効率であり、最悪の投資です。
4. 【解決策②】人を雇う前に「基盤」を整えよ

優秀なDSを採用したいのであれば、彼らがパフォーマンスを発揮できる「環境」を用意するのが先決です。
- モダンなツール群: Snowflake, dbt, Airflowといった現代的なデータスタックが整備されていることは、それだけで優秀な人材を引きつける強力なアピール材料になります。
- セルフサービス環境: いちいち情シスに申請しなくても、統制された範囲内で自由にデータにアクセスし、分析用サンドボックスを立ち上げられる環境が必要です。
「良い人が採れたら環境を整備しよう」では遅すぎます。順番が逆なのです。
まとめ:DSの採用前に、まず「整地」のプロに相談を
データサイエンティストの早期離職は、彼らのわがままではありません。「この環境ではプロとしての仕事ができない」という合理的な判断の結果であり、組織のデータ活用レベルが危機的状況にあることを示す「警鐘」です。
DSを採用しようとしている企業の皆様へ、強くお伝えしたいことがあります。
「データサイエンティストを採用する前に、まずデータエンジニアリング(基盤整備)に投資してください」
もし社内にDEがいないのであれば、DSを採用する前に、我々のような外部の専門家にご相談ください。
我々は、貴社のデータ環境をアセスメントし、泥臭い「整地」を引き受け、分析基盤を構築し、DSが初日から活躍できる受け入れ体制(ロール定義、評価制度設計)までトータルで支援します。(弊社からDSのアサインも可能です)
「採用しては辞める」という不毛なサイクルを止めるために。次の求人票を出す前に、まずは「データ活用の土台作り」から始めましょう。