「全社で生成AIを使えるようにしてくれ」。経営からそう言われた日から、板挟みが始まりました。情シスに相談すれば「情報漏洩が怖いので禁止で」と渋い顔をされます。ところが現場では、若手が個人のスマホで議事録を貼り付けて要約させています。経営は「競合はもう使っているらしい」と急かします。結局、経営の判断で全社にアカウントを配ってみると、3か月後に使っていたのは1割ほどでした。経理の担当者は請求額の計算を任せて数字がずれ、営業の担当者は最新の競合価格をたずねて嘘の数字を返され、どちらも「やっぱり使えない」と離れていきました。
生成AIが使えないわけではありません。当てている業務を間違えているのと、最初の一歩が大きすぎるのとが重なっています。
「なんとなく禁止」も「なんとなく解禁」も、どちらも止まる
止まっている会社は、次の3つのどれかにはまっています。
| やっていること | 何が起きるか |
|---|---|
| 全面禁止 | 便利さを知った現場が、個人のアカウントでこっそり使う。会社から見えない利用が広がり、かえって漏えいの危険が増える |
| アカウントを配って丸投げ | 何に使えばいいか分からず、一部の人がたまに触るだけで終わる。誰かが顧客情報を入れて事故が起きることもある |
| 全社研修で満足 | 研修の評判は良いのに、翌週には誰も使っていない。使う場面が用意されていない知識は忘れられる |
3つに共通するのは、どの業務に使い、何から始め、どう守るかを会社として決めていないことです。守る側のルールは、生成AIの社内ルール サンプルにそのまま配れるA4一枚を載せています。ここでは使う側の決め方を扱います。
向く業務には、3つの共通点がある
生成AIは、それらしい文章を作るのは驚くほど得意です。一方で、正確な計算と、学習した範囲の外にある最新の事実は苦手です。冒頭の経理と営業は、どちらも苦手な側に当ててしまいました。
向く業務には、次の3つがそろっています。
– 量が多い。1回の時短はわずかでも、回数が多ければ効果が積み上がる
– ある程度、型が決まっている。要約・分類・下書きのように形が見えていると、出てくる品質がそろう
– 多少の誤りを人が直せる。生成AIは必ず間違える前提で、人が確認できる工程に置く
向かないと言われる業務でも、任せる工程を選べば使えます。全部か無かで考えません。
| 向かない業務 | なぜ向かないか | この工程なら任せられる |
|---|---|---|
| 請求額・在庫数の計算 | 正確さが必須で、計算を外す | 計算はシステムで行い、結果を説明する文の下書きだけを任せる |
| 最新の法改正・統計の参照 | 学習範囲の外は誤りやすい | 最新の資料を社内で用意し、それを読ませて答えさせる |
| 採用の合否などの最終判断 | 誤れない判断は人が責任を持つ | 応募書類の要約と論点の整理まで |
| 顧客への最終回答 | 誤りが顧客に直撃する | 社内用の下書きまで。送る前に人が必ず確認する |
自部門の業務を点数にして、最初の候補を選ぶ
頭の中だけで考えると迷います。自部門の業務を3つほど書き出し、3つの軸をそれぞれ1〜3点でつけて足します。
| 軸 | 1点 | 2点 | 3点 |
|---|---|---|---|
| 頻度 | たまに | 週に数回 | 毎日 |
| 1回の手間 | 軽い | 中くらい | 重い |
| 許せる誤り | 誤れない | 確認すれば可 | 多少の誤りは平気 |
営業部で実際につけると、次のようになりました。
| 業務 | 頻度 | 手間 | 許せる誤り | 合計 |
|---|---|---|---|---|
| 提案書のたたき台づくり | 3 | 3 | 2 | 8 |
| 失注理由の仕分け | 3 | 2 | 3 | 8 |
| 競合の最新価格の調査 | 2 | 2 | 1 | 5 |
合計8点の2つが候補です。競合の最新価格は5点で、しかも最新の事実という苦手な分野なので、最初からは外します。
候補の中から最初の1つを選ぶときは、もう3つ条件を足します。失敗しても人が直せること。効果が時間の数字で見えること。社内のデータだけで完結することです。顧客向けのチャットボットは華やかですが、失敗がそのまま顧客に届くので、最初の一歩には選びません。
2週間で1勝をつくる
選んだ1業務を、前向きな協力者3人と2週間だけ試します。議事録の要約を例にした日割りです。
| いつ | やること | ねらい |
|---|---|---|
| 1日目 | 協力者3人を決め、いまの議事録づくりの時間を測る(1本30分など) | 比べる「前」の数字を押さえる |
| 2〜3日目 | 要約の指示文を作り、過去の議事録3本で試して直す | 出力の質をそろえてから配る |
| 4〜5日目 | 実際の会議で使い始め、うまくいかない点をメモする | 使い勝手のつまずきを拾う |
| 2週目 | 全員が実務で使い、1本あたりの時間と使った回数を記録する | 比べる「後」の数字を集める |
| 最終日 | 前後の数字を比べ、続けるかを最初に決めた基準で判定する | 広げるかやめるかを根拠で決める |
いちばん大事なのは、初日に「前」の時間を測っておくことです。ここを飛ばすと、あとで効果を数字にできません。
指示文は、ひな形として配るだけで品質がそろいます。
以下の議事録を、次の形式で要約してください。
1. 決まったこと(箇条書き)
2. 宿題:誰が・何を・いつまでに
3. 次回までに詰める論点
議事録に書かれていない情報は補わないでください。不明な点は「要確認」と書いてください。
効果は、確認の時間まで含めて数字にする
1本30分かかっていた議事録が、AIの下書きを人が10分で確認・修正する形になったとします。週10本なら、週300分が100分になり、週に約3時間20分、月に約13時間が浮きます。
人件費は給与額ではなく、会社の総コストで数えます。一般に給与の約3倍です。月給40万円の担当者なら会社の負担は年約1,440万円、年1,900時間で割ると1時間あたり約7,600円です。月13時間は、月約10万円分の時間になります。
確認にかかる時間も、ごまかさずに数えます。下書きは速いのに確認に時間がかかり、合計では変わらない、という結果もありえます。続けるかどうかの基準は、始める前に決めておきます。たとえば「1本20分以内になり、協力者が続けたいと言えば広げる。合計の時間が増えるならやめる」です。
経営への報告は、数字と次の一手を1文にします。「議事録づくりを2週間試し、1本30分が10分になりました。月約13時間、約10万円分が浮いたので、次は別の1部署に広げます」。
ツールが複数あるなら、業務ごとに第一に使うものを1つ決める
全社にはMicrosoftのCopilot、営業部ではChatGPTの法人版、と複数のサービスが入っている会社は珍しくありません。現場は「結局どれを使えばいいのか」で迷い、迷った結果どれも使わなくなります。
各サービスの得意分野は、モデルの更新で数か月ごとに変わります。製品の比較表を作って配っても、すぐに古くなります。決めるのは業務ごとの第一選択だけにして、1業務1ページの手順書に書きます。
| 項目 | 記入例 |
|---|---|
| 業務 | Web会議の議事録要約 |
| 使うサービス | 会社で全社契約しているもの1つ |
| 使うタイミング | 会議が終わった直後 |
| 指示文または操作 | 上のひな形を貼る |
| 使う条件 | 5名以上の会議だけ使う。2〜3名の会議では使わない |
| 迷ったとき | 全社契約のサービスを使う |
業務の数は10前後に絞ります。20を超えると誰も覚えられません。迷ったら全社契約のサービスを使う、という逃げ道を1行書いておきます。四半期に1回、実際にどの業務でどれだけ使われているかを見て、手順書を直します。
最初の90日でここまで進める
| 時期 | やること | 終わったと言える目安 |
|---|---|---|
| 1〜30日 | 点数で最初の1業務を選び、社内ルールの1枚を配る | 試す業務と、使ってよい範囲が決まっている |
| 31〜60日 | 選んだ1業務を2週間試し、時間の変化を測る | 数字で示せる1勝ができている |
| 61〜90日 | 結果と協力者の声を他のチームに見せ、2つ目の業務に広げる | 2つ目の業務の手順書ができている |
本文の金額は、説明のための例です。
よくある質問(FAQ)
生成AIは、どんな業務から使い始めればよいですか?
量が多く、型が決まっていて、多少の誤りを人が直せる業務からです。議事録の要約、問い合わせへの返信の下書き、定型レポートのたたき台がよく最初の一歩になります。自部門の業務を頻度・手間・許せる誤りの3軸で点数にすると、候補が絞れます。
精度が100%でないと業務には使えないのでは?
下書きに使う前提なら、人が直すので100%は要りません。完璧を求めて使わないほうが、浮くはずの時間を失います。大事なのは、どの工程まで任せ、どこから人が確認するかを先に決めておくことです。
試してみて出力がいまひとつでした。やめるべきですか?
指示文を2〜3回直してから判断します。宛先、目的、形式、書いてはいけないことを具体的に書くと、出力は大きく変わります。それでも確認の時間が減らないなら、その業務は見送り、点数が次に高い業務を試します。
ChatGPTとCopilotとClaude、どれを使えばよいですか?
業務ごとに第一に使うものを1つ決めます。得意分野はモデルの更新で数か月ごとに変わるので、製品の比較より、1業務1ページの手順書に「この業務はこれを使う」と書くほうが現場は迷いません。迷ったら全社契約のサービスを使う、と決めておきます。
効果はどうやって測ればよいですか?
試す前に、その業務にかかっている時間を測っておきます。試したあとの時間と比べ、確認にかかった時間も含めて差を出します。人件費は給与の約3倍の総コストで時間あたりの金額にすると、経営に伝わる数字になります。
どの業務から試すか決めきれないまま、時間だけが過ぎている。その状態なら、自部門の業務3つに点数をつけて最初の1つを選ぶところから、初回相談(30分・無料)で一緒に進められます。