経営から「全社のKPIを決めて、各部門に展開してくれ」と言われました。他社の事例を参考に指標を並べ、部門にも出してもらったところ、営業は架電数、マーケティングはPV、カスタマーサクセスは対応件数を挙げてきました。半年たちました。数字は毎月きれいに集まります。現場の動きは何も変わっていません。

さらに困ったことが起きます。経営会議で受注率を報告すると、営業部長が「うちの集計では24%だ」と言い、マーケティングの担当は「18%のはず」と返します。どちらが正しいかで30分が過ぎました。打ち手の話には一度も入れていません。会議のあと社長から「KPIを作ったのに、何も決まらないじゃないか」と言われたのは、あなたです。

KPIが効かないときは、たいてい次のどれかが起きています。目標から現場の行動までの分解が途中で飛んでいる。指標が多すぎる。同じ名前の数字が、部署ごとに違う計算で出ている。どれも指標を選ぶセンスとは関係がなく、手順で直せます。

KPI設計はどこで止まりやすいか

自社がいまどこで止まっているかが分かれば、読む節を選べます。

段階よくあるつまずきこの記事で扱う節
目標を分解する営業利益と架電数が、あいだの説明なしに直結しているKPIツリーで目標を掛け算に分解する
主役を選ぶ指標が多く、どれが本命か誰も答えられない主役を3つに絞り、先行・遅行・歯止めで組む
定義を決める同じ名前の数字が部署ごとに違う受注率が24%と18%に割れるのはなぜか
部門に降ろす部門に出させると量の指標ばかり並ぶ部門に「KPIを出して」と頼むと、なぜ量の指標ばかり並ぶのか
運用する半年たつと指標がまた増えている「念のため見たい」指標の外し方

KPIツリーで目標を掛け算に分解する

ここからは、法人向けにサービスを売るある会社の数字で最後まで進めます。

この会社では、提案書を出すところまで進んで勝ち負けが決まる商談が月100件あります。そのうち契約まで進むのが20件で、受注率は20%です。客単価は300万円、月の売上は6,000万円、粗利率は40%なので粗利は2,400万円です。販管費が1,600万円かかり、営業利益は月800万円になります。

経営が決めた目標は「営業利益を10%増やす」。月80万円の上積みです。これをKPIツリーで分解します。KPIツリーは、最終目標を掛け算で要因に分けていき、現場が自分の行動で動かせる指標に届くまで降ろした図です。

階層分解現場が動かせるか
最終目標営業利益 = 粗利 − 販管費動かせない(結果)
粗利粗利 = 売上 × 粗利率まだ大きい
売上売上 = 受注数 × 客単価まだ大きい
受注数受注数 = 提案まで進んだ商談数 × 受注率近づいた
販管費販管費 = 人件費 + 広告費 + 外注費 + その他部門ごとに動かせる
現場の指標商談数・受注率・客単価・粗利率・各費目動かせる

掛け算で分けておくと、どの枝を動かせば結果がどれだけ変わるかを比べられます。ためしに、商談数・受注率・客単価をそれぞれ同じ5%ずつ動かしてみます。販管費は変わらない前提です。

打ち手(どれも5%)粗利の増分(月)追加でかかるものこの会社の判断
受注率 20% → 21%受注1件増 × 300万円 × 40% = 120万円ほぼ無い。同じ人数で同じ商談を厚くする採用
商談数 100件 → 105件120万円商談を作る広告費や人手。5件増やす広告費が月60万円なら、営業利益の増分は60万円で目標に届かない費用しだい
客単価 300万円 → 315万円(追加の提案で範囲を広げる)120万円顧客の予算の壁。値上げなら粗利はほぼ300万円増えるが失注が増える今期は見送り

計算上はどの枝も同じだけ効きます。差が出るのは、動かすためにかかるお金と手間です。だから比べる単位は売上ではなく粗利、さらに販管費まで含めた営業利益にします。この会社は、追加の費用がかからない受注率を勝ち筋に選びました。20%を21%にすれば、営業利益は月120万円増え、目標の80万円を超えます。

こうして営業利益と架電数のあいだの空白が埋まります。架電数は、商談を増やす手段の一つになりました。

業種が変わっても手順は同じです。通販なら「売上 = 訪問数 × 購入率 × 客単価」に分けます。訪問数は広告費しだいで変動が大きいので、現場が安定して動かせる購入率と客単価を主役に置く、という判断になります。分解は3〜4段で止めます。ツリーは効く少数を見つけるための道具で、全部を描き切る必要はありません。

主役を3つに絞り、先行・遅行・歯止めで組む

ツリーの枝を全部KPIにすると、すぐに20を超えます。1つのテーマで追う主役は3つまでにします。性格の違う3つを組み合わせると、過不足がありません。

役割意味この会社の例
先行指標早く動き、結果を先読みできる初回面談から5日以内に提案書を出した商談の割合
遅行指標結果として出てくる受注率
歯止めの指標無理をして数字を作っていないかを見る粗利率

先行指標は勘で選びません。この会社が過去1年の商談を振り返ると、初回面談から5日以内に提案した商談の受注率は27%、6日以上かかった商談は14%でした。5日以内に提案できていたのは全体の46%です。この割合を54%まで上げると、受注率は計算上21%になります(27%×54% + 14%×46%)。受注率は月末まで待たないと分かりませんが、5日以内の割合は毎週見られます。先行指標は、遅行指標を動かす手前の数字を、自社のデータで確かめてから選びます。

歯止めはよく抜けます。受注率だけを追わせると、値引きで受注を取りに行く動きが出ます。悪気はありません。粗利率を横に並べておけば、受注率が上がったのに粗利率が下がった月に、その場で気づけます。

同じ考え方で、量だけを測る指標は主役から外します。多いと気分は良いのに、行動にも利益にもつながらない指標です。

ありがちな指標何が起きるか言い換え添える歯止め
架電数短い電話を増やして数を稼ぐ提案まで進んだ商談数商談からの失注率
PV・フォロワー数増えても商談につながらない受注につながった商談の数商談1件あたりの獲得費用
対応件数(カスタマーサクセス)早く閉じるほど評価される解約率同じ問い合わせの再発率
設備稼働率(製造)売れない物まで作り続ける歩留まり在庫回転日数

受注率が24%と18%に割れるのはなぜか

冒頭の会議で数字が割れた理由は、こうでした。

集計した人受注とみなした時点分母に入れた商談出てきた数字
営業口頭の内定(月24件)提案まで進んだ商談(月100件)24%
マーケティング契約書の締結(月20件)初回面談を含むすべての商談(月110件)18%
定義書でそろえた値契約書の締結(月20件)提案まで進んだ商談(月100件)20%

どれも間違いではありません。分母と、受注とみなす時点の決め方が違うだけです。名前だけ決めて計算を決めないと、必ずこうなります。

主役にした指標は、1つずつ定義を紙に書いて全員で握ります。受注率なら次の8項目です。

項目受注率の記入例
計算式その月に勝ち負けが決まった商談のうち、受注した商談の割合(受注 ÷(受注+失注))
受注とみなす時点契約書を交わした日(内定は含めない)
対象にする商談提案書を出した商談。初回面談だけで終わった商談は入れない
失注とみなす時点顧客から断りの連絡があった日。または最終連絡から60日返答がない日
除外するもの既存顧客の契約更新、社内テスト用の案件
データの出どころ営業支援システムの「商談」の「提案日」「契約締結日」「失注日」
締めのタイミング翌月5営業日目に確定。それ以降の修正は翌月分に回す
持ち主営業企画。定義の変更はこの人が受け付ける

分母を「その月に勝ち負けが決まった商談」にしているのには理由があります。「その月に提案した商談」を分母にすると、3月に提案して5月に契約した案件が、分母は3月、分子は5月に入ります。月ごとの値がぶれて、理屈の上では100%を超える月まで出ます。勝ち負けが決まった月で数えれば、分子と分母が必ず同じ商談の集まりになります。

締めのタイミングも同じくらい見落とされます。締結が月をまたぐと、確定したはずの先月の数字が後から動きます。会議のたびに先月の受注率が違って見えるのは、このためです。

定義を決めないまま運用すると、毎月の突き合わせに時間を取られます。年収700万円の経営企画担当なら、会社の負担は給与の約3倍の年2,100万円です。年1,900時間で割ると、1時間あたり約11,000円になります。各部署の数字を集めて差の理由を調べる作業に月8時間かかれば、年に約106万円分です。月1回の経営会議で8人が30分を「どちらが正しいか」に使えば、さらに年約53万円分が加わります。合わせて年160万円近い時間が、数字の確認に消えていきます。定義書1枚にかかるのは、関係者を集めた1時間ほどです。

部門に「KPIを出して」と頼むと、なぜ量の指標ばかり並ぶのか

部門ごとに頼むと、各部門は自分で測れて、自分で達成できる数字を出してきます。架電数やPVが並ぶのはそのためです。マーケティングが商談の数だけを増やすと、営業は見込みの薄い商談に時間を取られて受注率が下がります。部門の数字を足し上げても、全社の目標には届きません。

順番を逆にします。全社の目標から、各部門が何で貢献するかを決めて降ろします。経営会議に出す主役は各部門1つに絞り、残りは部門の中で見る指標に回します。

部門全社の目標への貢献経営会議に出す主役部門の中で見る指標現場の行動の例
営業受注を増やす受注率提案まで進んだ商談数、5日以内の提案割合失注理由の上位3つに毎週手を打つ
マーケティング受注につながる商談を届ける受注につながった商談の数商談1件あたりの獲得費用受注率の高い流入経路に予算を寄せる
カスタマーサクセス契約を続けてもらう解約率追加購入率利用が落ちた顧客に先回りして連絡する
経理・人事販管費を抑え、事業の速さを支える(経営会議には出さない)月次決算の日数、採用までの日数締めと採用で止まっている工程を短くする

マーケティングの主役を「受注につながった商談の数」にしておくと、数だけ増やしても評価されません。営業の受注率とぶつからない形になります。経営会議で見る数字は、KGIの営業利益と歯止めの粗利率を加えた5つに収まります。

「念のため見たい」指標の外し方

半年もすれば、指標はまた増えます。「念のため見ておきたい」と頼まれて、断れる人は多くありません。減らすときは、主役にしている指標それぞれについて次のカードを書いてみます。

項目記入例
指標受注率
目標と下限目標21%、下限18%
下限を割ったらすることその月に失注した商談を全件見直し、理由の上位3つに翌週から手を打つ
見る場毎週の営業会議
持ち主営業企画

「下限を割ったらすること」が書けない指標は、外します。見ても行動が変わらないからです。必要なら参考値として別の画面に移します。そのうえで、運用のルールを3つだけ決めておきます。

– 主役を1つ足すなら、1つ外す

– 経営会議で見る数字は、KGIを含めて全社で5つまで

– 四半期ごとに見直し、前期の主役を惰性で残さない

定義を固めた半年後、会議と数字はどう変わったか

この会社のその後を、同じ前提の試算で追います。

指標始めたとき半年後
5日以内に提案した商談の割合46%58%
受注率(定義書の計算)20%21.5%
粗利率40%40%(値引きに頼っていない)
営業利益(月)800万円980万円
数字の突き合わせ作業(月)8時間1時間

受注率21.5%は、27%×58% + 14%×42% で出てきます。受注は月1.5件増え、粗利は1.5件×300万円×40%=180万円増えました。販管費は変わっていないので、営業利益は目標の10%を超えて22.5%増えています。

数字より先に変わったのは会議でした。どの数字が正しいかを話す時間が消えました。毎週の会議は、失注した商談の理由を1件ずつ確かめるところから始まります。架電数を追っていた頃に比べると電話の数は減りましたが、1件の商談にかける時間は増えています。変えたのは、指標と行動のつなぎ方と、計算の決め方だけです。

本文の会社と数値は、説明のために置いたモデルケースです。公的な統計や外部の調査結果ではありません。自社にあてはめるときは、貴社の実数に置き換えてください。

よくある質問(FAQ)

KGIとKPIは何が違うのですか?

KGIは最終的に達成したい結果で、KPIはそこに効く要因を測る途中の指標です。この記事の例では、営業利益の10%増がKGI、受注率がKPIにあたります。KGIは現場が直接は動かせないので、掛け算で分解して現場が動かせるKPIまで降ろします。

KPIはいくつ設定すればよいですか?

1つのテーマにつき主役は3つまでが目安です。先行指標・遅行指標・歯止めの指標を1つずつ組み合わせます。経営会議で扱う主役を全社で5つまでに抑えると、数字の確認に使っていた時間を打ち手の議論に回せます。

KPIツリーは足し算で分けてはいけないのですか?

部門別や商品別の内訳を見るときは足し算が自然です。しかし、どの要因を動かせば目標に届くかを探す段階では掛け算で分けます。掛け算なら、各枝を同じ割合だけ動かしたときの効き目と、そのためにかかる費用を並べて比べられます。

部署によってKPIの数字が違うときは、どちらに合わせればよいですか?

どちらかに合わせる前に、計算の決め方を1枚に書き出します。部署ごとの差は、ほとんどが次の3点で説明できます。分母に何を入れるか。どの時点を受注とみなすか。いつ確定させるか。決めたら定義の持ち主を1人置き、変更はその人を通すようにします。

KPIはどのくらいの頻度で見直すべきですか?

指標の値は毎週か毎月見て、主役の入れ替えは四半期ごとに検討します。事業の状況が変われば、効く要因も変わります。前期に主役だった指標を、惰性で残さないようにします。

受注率が部署ごとに24%と18%に割れたまま、会議が数字の確認で終わっている。その状態から抜けるための定義書1枚づくりだけでも、初回相談(30分・無料)で壁打ちにお使いください。自社の営業支援システムのどの項目から数字を取ればよいかまで、一緒に確かめられます。