生成AIの導入に、年3,000万円前後の予算枠がつきました。経理からは「見積もりはライセンス代だけですか」と聞かれ、部長からは「来月の経営会議で稟議を通したい」と言われています。ベンダーの見積もりを並べるとライセンス代は540万円です。残りの2,500万円近くを何に使うのか、あなたは説明できません。社長には「AIを入れて、何がいくら良くなるのか」と必ず聞かれます。
予算の説明が詰まるのは、ライセンス代を予算のほぼ全部だと考えているからです。実際には、導入にかかるお金の大半は、社内の人の時間と、立ち上げを手伝う外部の費用にかかります。
導入にかかるお金は、3つの箱に分けて見る
| 箱 | 中身 | 見落とされやすいもの |
|---|---|---|
| ライセンス | 業務で使うAIサービスの年間利用料 | 利用者が増えたときの追加分、従量課金の上振れ |
| 社内の時間 | 推進担当と、各部門で使い方を広げる人の稼働 | 兼任者の時間。会社の総コスト(給与の約3倍)で数える |
| 外部の支援 | 立ち上げの設計、研修、使い方の手引きづくり | 社内で管理する手間(委託費の約1.2倍で見る) |
社員300人の会社で、1年目にいくらかかるか
ある会社の1年目を試算します。社員300人のうち、まず100人に会社契約のAIサービスを配ります。
人件費は給与額ではなく会社の総コストで数えます。社会保険の会社負担、賞与、退職金、福利厚生、設備、間接費を含めると、一般に給与の約3倍です。年収600万円の社員なら、会社の負担は年1,800万円です。
| 箱 | 内訳 | 1年目の金額 |
|---|---|---|
| ライセンス | 100人 × 1人月4,500円 × 12か月(金額は例。契約形態で変わる) | 540万円 |
| 社内の時間:推進担当 | 兼任で稼働の50%(年収600万円 → 会社の負担1,800万円の半分) | 900万円 |
| 社内の時間:部門の推進役 | 5部門 × 1人ずつ、稼働の10%(1人180万円) | 900万円 |
| 外部の支援 | 立ち上げの設計を月100万円で6か月 × 管理の手間1.2 | 720万円 |
| 合計 | 約3,060万円 |
ライセンス代は、全体の2割にも届きません。残りの8割は、社内の人の時間と外部の支援です。冒頭の「残りは何に使うのか」への答えは、この表そのものになります。予算枠を60万円ほど超えるので、稟議では部門の推進役を4部門から始める案(合計約2,880万円)も並べておきます。
社内の時間は、新しく人を採らなければ現金は出ていきません。それでも予算に載せておきます。推進担当が本業の半分を使うことを経営が知らないまま始めると、半年後に「なぜ本業が遅れているのか」と問題になるからです。隠した数字は、あとで必ず高くつきます。
ライセンスは、最初から全員分を買わない
予算枠があると、全社員分のライセンスをまとめて契約したくなります。この会社で300人全員に配ると、ライセンスだけで年1,620万円です。
導入から半年で、毎週使っている人の割合が4割にとどまったとします。300人のうち180人分、年972万円が使われないまま払われ続けます。そのお金で外部の支援を半年延ばしても(720万円)、まだ250万円ほど余ります。
最初は、使う理由がはっきりしている部門の100人から始めます。半年後、毎週使っている人が7割を超え、しかも狙った業務に使われている部門があれば、その部門の残りの人と、業務の近い隣の部門へ広げます。使われていない部門に配っても、使われない人数が増えるだけです。
2年目からは、外部を減らしてライセンスを増やす
1年目と同じ配分を続ける必要はありません。この会社なら、2年目は次のように変わります。
| 箱 | 1年目 | 2年目 | 変わる理由 |
|---|---|---|---|
| ライセンス | 540万円(100人) | 1,350万円(250人) | 使う部門が増える |
| 社内の時間:推進担当 | 900万円 | 900万円 | 変わらない |
| 社内の時間:部門の推進役 | 900万円(5部門) | 1,440万円(8部門) | 広げた部門の分だけ増える |
| 外部の支援 | 720万円 | 240万円(四半期に1回・1回50万円 × 4回 × 1.2) | 使い方の手引きと研修を社内で回せるようになる |
| 合計 | 約3,060万円 | 約3,930万円 |
2年目は総額が約900万円増えます。増えるのは使う部門を広げる分なので、稟議では1年目に広げた部門で何が変わったかを示してから、増額を申請します。
外部の支援は、1年目に厚く置き、2年目に薄くするのが基本です。1年目に削って社内だけで始めると、使い方の手引きが薄いまま広げることになり、定着しないまま2年目に外部を入れ直すことになります。逆に、2年目になっても外部が減っていないなら、社内に引き継げていないサインです。外部との契約には、最初から「6か月目までに社内へ引き継ぐもの」を書いておきます。
稟議書に入れる5つ
経営が判断に使うのは、次の5つです。
| 項目 | 書くこと | 経営が聞きたいこと |
|---|---|---|
| 目的 | どの業務の、何を変えるか | なぜAIなのか、なぜ今なのか |
| 費用 | 3つの箱の内訳を、1年目と2年目で | 本当にこの額が要るのか |
| 効果 | 時間と利益で、どれだけ変わる見込みか | 元が取れるのか |
| リスク | 起こりうることと、その対策 | うまくいかなかったら何が起きるのか |
| 進め方 | 3か月ごとの到達点 | 何ができたら成功と言えるのか |
目的は「AIを入れる」ではなく、業務の言葉で書く
経営が気にするのは、なぜAIなのかと、なぜ今なのかの2点です。
| 通らない書き方 | 通る書き方 |
|---|---|
| 業務効率化のため | 営業の提案書づくりにかかる時間を、1件あたり3時間から1時間にする |
| DX推進のため | 月次決算の締めを、いまの8営業日から5営業日にする |
| 他社がやっているから | 社員が個人のアカウントで業務資料を入れている。会社契約に寄せないと情報が外に出る |
3行目は、すでに起きていることを書いています。社員が無断で使っている実態は、「なぜ今か」へのいちばん強い答えになります。
効果は、時間と利益に分けて書く
時間の効果は、会社の総コストで金額にします。対象100人が1人月4時間減らせたとして、年収600万円なら1時間あたり約9,500円(1,800万円 ÷ 年1,900時間)です。100人 × 4時間 × 9,500円 × 12か月で、年約4,560万円分の時間になります。
ただし、浮いた時間はそのままでは現金になりません。稟議には、浮いた時間を何に回すかも書きます。営業なら「提案の件数を増やす」、経理なら「締めを早めて経営への報告を前倒しする」です。ここが書けていない効果の数字は、経営に「で、利益はいくら増えるの」と聞き返されます。
売上につながる効果は、必ず粗利率を掛けて利益で書きます。「売上が1,000万円増える」ではなく、「粗利率30%で、利益が300万円増える」です。業種によって粗利率は大きく違うので、自社の数字で計算します。
情報漏えいのような事故を防ぐ効果は、金額にしにくいので、時間と利益の効果の補足にとどめます。単独で効果の柱にすると、「本当に防げたのか」と聞かれて答えられません。
経営から聞かれる質問と、答えの準備
| 聞かれること | 用意しておく答え |
|---|---|
| 本当にこの額が要るのか | 3つの箱の内訳。ライセンス代だけに減らすと何が起きるか |
| 元が取れなかったらどうするのか | 12か月目に続けるか縮めるかを決める基準と、その日付 |
| うちにできる人はいるのか | 推進担当の名前と、外部が引き継ぐまでの期間 |
| 情報は漏れないのか | 会社契約で入力内容が学習に使われない設定であること。社内ルールの案 |
| 1年後に何ができていればよいのか | 使っている人の割合、変わった業務の数、浮いた時間の使い道 |
続けるか縮めるかの判断の基準は、生成AI 継続 or 撤退の判断基準に書いています。社内ルールの案はAI利用規程の作り方の全12条を下敷きにできます。
本文の会社と金額は、説明のための例です。
よくある質問(FAQ)
生成AIの予算は、ライセンス代だけで見積もってはいけないのですか?
ライセンス代だけで見積もると、実際にかかるお金の2割ほどしか見えません。推進担当と各部門の推進役の時間、立ち上げの外部支援まで含めて見ると、この記事の例では1年目約3,060万円のうちライセンスは540万円でした。全体を見せずに始めると、あとで予算が膨らんだように見えます。
社内の人の時間は、予算に入れる必要がありますか?
新しく採用しなければ現金は出ていきませんが、予算の資料には載せます。推進担当が本業の半分を使うことを経営が知らないまま始めると、本業の遅れが別の問題として持ち上がるからです。会社の総コスト(給与の約3倍)で数えます。
外部の支援は、どのくらいの期間入れればよいですか?
立ち上げの6か月を目安に厚めに入れ、2年目は四半期に1回の見直し程度まで減らします。契約の最初に「6か月目までに社内へ引き継ぐもの」を書いておくと、いつまでも外部に頼る状態を防げます。
稟議で効果を聞かれたとき、時間の削減だけで足りますか?
時間の削減は金額にしやすいですが、浮いた時間はそのままでは現金になりません。浮いた時間を何に回し、それで利益がどう変わるかまで書くと通りやすくなります。売上の効果は、必ず粗利率を掛けて利益で示します。
予算が年500万円しかありません。何から使えばよいですか?
対象を1部門に絞ります。ライセンスをその部門の人数分だけ契約し、残りを最初の3か月の外部支援に充てて、使い方の手引きを1部門分作ります。その部門で浮いた時間と使い道を数字で示せれば、翌年の予算を広げる材料になります。
ライセンス代しか見積もりに載っていない状態で稟議を出す前に、社内の時間と外部支援まで含めた3つの箱を一緒に埋めておけます。自社の人数と部門数で試算し直すだけでも、初回相談(30分・無料)でどうぞ。