生成AIの導入を任されて、他社の事例を集めました。ところが、出てくるのはIT企業や広告代理店の話ばかりです。製造業の工場長からは「現場は手袋をしていて、キーボードなんて触れない」と言われ、金融機関の法令遵守の担当からは「顧客への説明をAIにさせて、誰が責任を取るのか」と聞かれます。病院の事務長は「患者さんの情報を入れていいのか」で止まり、市役所の課長は「議会で聞かれたら答えられない」と慎重です。

業種によって、AIの使い方が違うのは当然です。違うのは使い方より先に、AIに任せてはいけない業務と、入れてはいけない情報の線です。

4つの業種の早見表

下の表の「任せてはいけない業務」と「入れてはいけない情報」は、法律で一律に禁じられているものではなく、事故を防ぐために社内で最初に決めておく線です。

業種最初に始めやすい業務任せてはいけない業務入れてはいけない情報最初に合意する部門
製造設計の仕様書の下書き、営業の提案書のたたき台品質の合否判断図面、製造条件、特許出願前の技術設計、品質保証、知財
金融面談前の顧客情報の整理、議事録の要約顧客への商品説明そのものマイナンバー。顧客情報(会社契約の環境以外)法令遵守、監査、営業企画
医療医療事務の文書の下書き、経営資料の作成診断や治療方針の決定病歴などの患者の情報(専用の環境以外)医療安全、医療情報の担当、事務部門
自治体議会答弁のたたき台、広報文の下書き住民の権利に関わる判断住民の氏名・住所、マイナンバー法務・文書担当、情報政策担当

どの業種でも共通するのは、まず社内向けの業務から始め、外に出る業務や判断に関わる業務は後に回すことです。小売・ECの使い方は小売・EC の生成AI活用に書いています。

製造業:現場作業員には、キーボード前提の画面を渡さない

製造業では、同じ会社の中でも層によって使い方がまったく違います。

層主な業務合う使い方
現場作業員組立、検査、保全、作業記録スマートフォンで口述した作業内容を、決まった様式の記録に整えさせる
設計部門仕様書、技術文書、設計レビュー顧客の要求から仕様書の骨子を作らせる。レビュー会議の論点と修正の宿題を整理させる
営業部門見積、提案書、技術的な質問への回答過去の似た案件の提案書をもとに、章立てとたたき台を作らせる

現場の作業員は、手袋をして機械の音の中で働いています。パソコンの画面でチャットに打ち込む使い方は合いません。保全の記録なら、作業のあとにスマートフォンに向かって話した内容を、決まった様式に整えさせる使い方が入口になります。

製造業でいちばん守るべきは、図面と製造条件です。この2つは、会社契約の環境でも入れないと最初に決めておきます。特許を出願する前の技術情報は、社内でも共有を限っているはずなので、AIにも入れません。

金融機関:AIは説明の準備まで、説明は人がする

金融商品の販売では、顧客に合った商品を勧めること(適合性の原則)と、商品の内容を説明する義務が、金融商品取引法などで販売する会社に課されています。AIが説明を誤っても、責任を負うのは会社です。だから、説明そのものは人が持つと社内で決めておきます。

AIに任せる営業担当が持つ
顧客の過去の面談と保有商品の整理商品の説明(対面または電話)
説明の流れのたたき台説明する内容の最終決定
顧客から出そうな質問と回答案実際の顧客対応
面談後のフォローの案説明の記録の作成と保存

導入の前に、法令遵守・監査・営業企画・推進担当の4者で、次の3つを決めます。AIに任せる業務と任せない業務の線。AIとのやり取りの記録をどこに、どれだけの期間残すか。AIを使って顧客対応をしたと仮定したときの、監査への答え方です。ここを決めずに営業の現場に配ると、法令遵守の部門から止められて、それまでの準備が無駄になります。

医療機関:事務と経営管理から始め、診療の判断には使わない

医療機関の業務は、規制の重さで3つに分かれます。

層業務扱い
医療事務レセプトの点検、検査案内や術前説明の文書の下書き始めやすい。患者の情報は専用の環境に限り、名前は伏せる
経営管理月次の診療実績の要約、職員研修の資料一般の会社と同じように使える。広告の表現は医療広告のルールに沿って人が確認する
診療の補助医学論文の要約、患者向け説明資料の平易な言い換え医師の参考までにとどめる。診断や治療方針を出させない

病歴は、個人情報保護法の要配慮個人情報にあたります(第2条第3項の定義に「病歴」が明記されています)。名前を伏せても、病歴と組み合わせれば本人が分かることが多いので、汎用のAIサービスには患者の情報を入れない、と最初に決めます。

診断や治療方針をAIに決めさせる使い方は避けます。診断の最終的な責任は医師にあります。また、疾病の診断や治療を目的とするプログラムは医薬品医療機器等法の規制対象になりえます(厚生労働省「プログラムの医療機器該当性に関するガイドライン」)。医師が判断するための参考情報を整理させる、というところで線を引きます。

自治体:内部業務から始め、住民の権利に関わる判断は対象にしない

自治体では、内部の業務と住民向けのサービスで、慎重さがまったく違います。

区分始めやすい業務対象にしない業務
内部の業務議会答弁のたたき台、広報誌の下書き、職員研修の資料、古い手引きの言い換え—
住民向けのサービスよくある質問への案内、外国人住民向け資料の翻訳の下書き生活保護の可否、税の判定、行政処分の決定、避難の指示

議会答弁のたたき台は、過去の答弁と関連する条例を読ませて論点を整理させると、準備の時間が大きく減ります。答弁の内容を決めるのは、もちろん職員です。

自治体で見落としやすいのは、AIとのやり取りの記録の扱いです。職員が職務で作り、組織として使う記録は、各自治体の公文書管理条例や情報公開条例の上で公文書にあたる可能性があります。保存と削除の決まりを、法務・文書担当と先に決めておきます。住民向けにAIを使う場合は、AIが作った案内であることを示しておくと、問い合わせへの説明がしやすくなります。

マイナンバーは、番号法で使ってよい事務が限られています。業種を問わず、AIサービスには入れません。

よくある質問(FAQ)

自社の業種の事例が見つかりません。どこから始めればよいですか?

まず社内向けの文書の下書きから始めます。どの業種でも、議事録の要約、報告書の下書き、研修資料のたたき台は、外に出る前に人が確認するので始めやすい業務です。業種の違いが大きく出るのは、外に出る業務と判断に関わる業務なので、そこは後に回します。

規制の厳しい業種でも、生成AIを使ってよいのですか?

使えます。任せてはいけない業務と、入れてはいけない情報の線を先に決めれば、残りの業務では一般の会社と同じように使えます。線を決めるときは、法令遵守や監査の担当者を最初から入れておきます。

業種ごとに専用のAIサービスを選ぶべきですか?

最初は汎用の会社契約のサービスで始め、業種に固有の業務(医療の画像診断の補助や、製造の設計データの検索など)で足りなくなったら、専用の製品を検討します。設計データを扱うのは、社内に閉じた専用の環境に限ります。専用の製品は、その業種の基幹システムに組み込まれていることが多いので、すでに使っているシステムの機能から確かめます。

現場の作業員にも使ってもらうには、どうすればよいですか?

キーボードで打ち込む使い方をやめ、スマートフォンへの口述や、決まった様式への整形のような、手を止めずに済む使い方を選びます。最初は保全の記録や日報のように、毎日発生して、まとめる手間がかかっている作業から始めます。

社内ルールは業種ごとに作り直す必要がありますか?

全社共通のルールに、業種に固有の「入れてはいけない情報」と「任せてはいけない業務」を足す形で足ります。共通部分はAI利用規程の作り方の全12条を下敷きにできます。

出典

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